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zoom RSS 「活かされている」から「生きている」

<<   作成日時 : 2015/02/15 21:03   >>

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私たちは何気なく「生かされている」という言葉を使っています。

この言葉はほとんどの宗教の教えの基本として使われています。

これは神と人間の関係、人間の存在など、人間の立場として「人間は生かされた存在」と言われるのだと思います。

私たちが使っている車、機械、そのほか全ての製品は作っていますが、その素である資源そのものは作ったことはありません。

又、生命が存在するための環境(自然)なども作ったこともありません。私たちは全て与えられた存在、

その恵みによって生きていくことができる存在。だから、この言葉が使われるのだと思います。

しかし、この「生かされている」ということに囚われているのか、何故か、現在の社会を疑問を持ちながら

そのまま受け入れてしまっているように思います。又、人の働きによっても生かされているから、そうしなければ生きていくことは難しいと思います。

しかし、その受身的な考え方からは社会が間違った方向に向かっていたとしても何もできず、その責任としても誰がどう取るのか、分からなくなってしまいます。

私たちは一人一人は生きるという意志を持ち、社会の一員として社会建設に貢献しています。

その社会がどうあるべきか、社会建設の一員として責任がとれるように、又、日々の生活の中で良い影響が与えられるように心掛ける必要があるのではないでしょうか。

一人の人間として、一つの魂として「生かされている」、「受け入れる」という受け身から「生きている」「築いている」、

「お互いを理解し合う」、「力を合わせる」という強い意志を持つことが大事だと思います。

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